大好きだったおばあちゃんのお葬式がありました。
車で片道10時間以上かかる距離ですが、最後のお別れをしに行ってきました。
記憶というものは、人それぞれだと思いますが、私にとってのおばあちゃんは、いつも笑顔でニコニコしていて、自分の事は後回しで人に尽くす性格で、いっぱい無償の愛情を注いでくれました。
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
そして思ったのが、お葬式の在り方についてです。
結婚式は準備期間をたっぷりとって、演出や参列者に対する心配りにも知恵を出すことが多いでしょうが、お葬式は病気等でない限り突然やってくる事の方が多いものです。
だからといって葬儀社任せの形式的な式では納得できませんよね。
その為にも日頃から家族間での話し合いが大切になってくるのではないかと感じました。
結局のところ、自分はどう生きたいかというのを家族に伝えておくことが大事ではないかと・・・
(延命治療的なことはして欲しくないとか、ちゃんと意志を伝えておきたいと思いました。)
死を考えることは、「生を考えること」だから、積極的に生きるために大切な自分の内面との対話だと感じました。
車で片道10時間以上かかる距離ですが、最後のお別れをしに行ってきました。
記憶というものは、人それぞれだと思いますが、私にとってのおばあちゃんは、いつも笑顔でニコニコしていて、自分の事は後回しで人に尽くす性格で、いっぱい無償の愛情を注いでくれました。
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
そして思ったのが、お葬式の在り方についてです。
結婚式は準備期間をたっぷりとって、演出や参列者に対する心配りにも知恵を出すことが多いでしょうが、お葬式は病気等でない限り突然やってくる事の方が多いものです。
だからといって葬儀社任せの形式的な式では納得できませんよね。
その為にも日頃から家族間での話し合いが大切になってくるのではないかと感じました。
結局のところ、自分はどう生きたいかというのを家族に伝えておくことが大事ではないかと・・・
(延命治療的なことはして欲しくないとか、ちゃんと意志を伝えておきたいと思いました。)
死を考えることは、「生を考えること」だから、積極的に生きるために大切な自分の内面との対話だと感じました。

